お笑い芸人、小籔千豊さん。
現在、結婚して嫁や子供がいるのでしょうか?
実家や家族構成、学歴、経歴など、くわしく調べてみました!
小籔千豊の基本プロフィール
- 名前:小籔千豊(こやぶ かずとよ)
- 生年月日:1973年9月11日
- 出身地:大阪府
- 身長:188cm
- 血液型:B型
- 趣味:ダーツ、ビリヤード、麻雀、将棋、写真、水泳
- 所属事務所:吉本興業
小籔千豊は結婚している?
小籔千豊さんは、2001年10月に結婚しました。
小籔千豊の嫁は誰?
小籔千豊さんの妻は、一般人女性です。
馴れ初めは、高校時代の出会いです。
高校3年生のとき、友人同士で行ったスキー旅行がきっかけで知り合い、その後自然な流れで付き合い始めました。
若い頃からの付き合いということもあり、信頼関係をじっくり築きながら約9年という長い交際期間を経て、2001年10月に結婚しました。
小籔千豊の子供は何人?
小籔千豊さんには、子供が2人います。
プロフィールや顔画像は非公開ですが、男の子と女の子が生まれています。
小籔千豊の実家はどこ?
小籔千豊さんの実家は、大阪府大阪市住之江区にあります。
小籔千豊の家族構成は?
小籔千豊さんの家族構成は、お父さん、お母さん、妹の4人家族です。
父親は自転車店を経営しています。
また、保護司として更生支援にも関わるなど、地域社会に貢献する活動も行っていた人物です。
そうした父親の影響もあり、小籔千豊さんは幼い頃から礼儀や常識に対して厳しく育てられました。
母親は、躾に厳しく、家庭内のルールをしっかり守らせるタイプでした。
母親は小籔千豊さんが吉本新喜劇の座長として活躍する前に亡くなっています。
妹とも仲が良く、子供の頃はよく遊んでいました。
小籔千豊の学歴、経歴は?
小籔千豊さんは、地元の大阪市立住之江中学校を卒業後、近畿大学附属校へ進学しました。
高校卒業後は大学には進学せず、お笑いの道へ進み、1993年に吉本のお笑い養成所に入学。
同年、山田知一さんと漫才コンビ「ビリジアン」を結成し、本格的に芸人活動をスタートさせました。
しかし思うように売れることはできず、長い下積み時代を経験します。
2001年、山田知一さんが構成作家に転身したことでコンビは解散し、小籔千豊さんは芸人を辞めて普通の仕事に就くことまで考えました。
しかし、ケンドーコバヤシさんやバッファロー吾郎さんらに引き止められ、「1年だけ続ける」と決意します。
そして、吉本新喜劇に入団。
ただし最初は順調ではなく、約9か月間はほとんどセリフのない「お客さん役」ばかりで、辞めようかと悩むほど苦しい時期が続きました。
収入も月に数万円程度と非常に厳しく、ファミリーレストランでアルバイトをしながら生活を支える日々を送っていました。
そんな中でも舞台経験を重ねるうちに徐々に頭角を現し、特に川畑泰史さんとのコンビ的な掛け合いが人気を集めるようになります。
さらに、自らストーリー作りにも関わるなど、裏方的な努力も積み重ねていきました。
2004年頃になると、座長不在時の代役を任されるなど重要なポジションに抜擢され、同年にはNHK朝ドラ「わかば」に出演し、俳優としても注目されます。
ここからテレビでの仕事も少しずつ増えていきました。
そして2006年1月31日、吉本新喜劇の座長に就任。
入団からわずか約4年という異例のスピード出世であり、本人も非常に驚いたと語っています。座長としては「伝統を大切にしつつ新しいことも取り入れる」というスタイルを掲げ、新喜劇の発展に大きく貢献しました。
その後は活動の幅をさらに広げ、2007年には「人志松本のすべらない話」に出演し、全国的な知名度を高めました。
さらに、音楽活動にも挑戦し、レイザーラモンとユニット「ビッグポルノ」を結成。
そこから発展する形で、2008年には音楽とお笑いを融合させた大型イベント「コヤブソニック」を立ち上げ、自らプロデュースするなど、多才な一面も発揮しています。
2011年には「新喜劇を全国に広めたい」という思いから東京へ拠点を移し、タレントとしての活動も本格化。
そして2022年には、長年務めた吉本新喜劇の座長を勇退。
現在も新喜劇の一員として舞台に立ちながら、テレビ・音楽・イベントなど幅広い分野で活躍を続けています。
小籔千豊まとめ
- 小籔千豊は2001年10月に結婚
- 嫁は一般人女性
- 子供が2人いる
- 実家は大阪府大阪市住之江区
- 近畿大学附属校卒業
- 1993年「ビリジアン」結成
- 2001年「ビリジアン」解散
- 2001年吉本新喜劇に入団
- 2006年1月31日吉本新喜劇の座長就任
- 2007年「人志松本のすべらない話」でブレイク
吉本新喜劇や歌手、コメンテーターとしても活躍している小籔千豊さん。
今後の活躍にも期待ですね!



