女優、加賀まりこさん。
現在、結婚して旦那や子供がいるのでしょうか?
実家や家族構成、学歴、経歴など、くわしく調べてみました!
加賀まりこの基本プロフィール
- 名前: 加賀まりこ(かが まりこ)
- 本名: 加賀雅子(かが まさこ)
- 生年月日: 1943年12月11日
- 出身地: 東京都
- 身長: 156cm
- 血液型: O型
- 所属事務所: 有限会社活動屋
加賀まりこは結婚している?
加賀まりこさんは、1974年に結婚しましたが、1980年に離婚しました。
その後、再婚はしていませんが、事実婚のパートナーがいます。
加賀まりこの旦那は誰?
加賀まりこさんの元夫は、テレビプロデューサーの高田明侑さんです。
馴れ初めは、仕事で知り合ったと言われています。
離婚の原因は、価値観や生活スタイルの違いです。
その後、TBS社員の演出家である清弘誠さんと事実婚の関係を続けています。
加賀まりこの子供は何人?
加賀まりこさんには、子供はいません。
1972年、27歳のときに未婚で女の子を出産しましたが、その子は出生後わずか7時間で亡くなっています。
また、事実婚のパートナーである清弘誠さんには、以前の結婚で生まれた自閉症の息子がいます。
加賀まりこの実家はどこ?
加賀まりこさんの実家は、東京都千代田区神田小川町にあります。
加賀まりこの家族構成は?
加賀まりこさんの家族構成は、お父さん、お母さん、お姉さん、お兄さんの5人家族です。
父親は、映画会社「大映」のプロデューサーである加賀四郎さんです。
母親は専業主婦で、母方の祖母は神田錦町で貸席を経営していました。
また、父方の祖父は、元衆議院議員の加賀卯之吉さんです。
お兄さんは、「大映」「松竹」のプロデューサーの加賀祥夫さんです。
親戚には、伯父に陸上競技選手の加賀一郎さん、「松竹株式会社」元常務の加賀二郎さん、いとこに元「日本テレビ」のプロデューサーの加賀義二さんなどがいます。
加賀まりこの学歴、経歴は?
加賀まりこさんは、東京都神田区小川町に生まれ、幼少期から新宿区神楽坂で育ちました。
父親が映画会社「大映」のプロデューサーという環境もあり、映画や芸術が身近な家庭で育っています。
小学生の頃から隣町・神田神保町の古本街に通い、澁澤龍彦訳の「マルキ・ド・サド選集」を愛読したり、映画で見たオードリー・ヘプバーンに憧れ、自分一人で美容院に行って同じ髪型にしてもらうなど、非常に知的好奇心旺盛な子供でした。
中学校は千代田区立一橋中学校に進学し、陸上競技に打ち込み、中学2年生のときには走幅跳で東京都大会優勝という実績を残しました!
その後、明星学園高校に進学。
1960年、高校在学中に通学途中の姿を篠田正浩さんと寺山修司さんに見初められ、路上でスカウトされたことが芸能界入りのきっかけです。
同年、フジテレビのドラマ「東京タワーは知っている」で女優デビュー!
高校は中退しています。
1962年には松竹と5年間の新人契約を結び、映画「涙を、獅子のたて髪に」で映画デビュー。
中尾彬さんと共演した主演映画「月曜日のユカ」で注目を集めました。
1964年、20歳のときに、人生を見つめ直すため単身パリへ渡ります。
滞在中はイヴ・サン=ローラン、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワーズ・サガンら世界的文化人と交流し、芸術的刺激を受けました。
帰国直前、1965年に劇団四季の舞台「オンディーヌ」に出演。
作家・川端康成さんからも高く評価され、映画「美しさと哀しみと」では原作者本人から「加賀まりこのために書いたような役」と称賛されました。
俳優業に加え、1989年から1990年には古舘伊知郎さんとともに「夜のヒットスタジオSUPER」の司会を務め、司会者としても存在感を発揮します。
2005年から2007年放送のドラマ「花より男子」では道明寺司の母役を演じ、若い世代からも広く認知されるようになりました。
2011年には肺炎予防大使に就任、2013年にはスポーツニッポンでエッセー連載を行うなど、年齢を重ねても精力的に活動を続けています。
加賀まりこまとめ
- 加賀まりこは1974年に結婚
- 1980年に離婚
- 事実婚のパートナーがいる
- 元旦那は高田明侑さん
- 現旦那は清弘誠さん
- 子供はいない
- 実家は東京都千代田区神田小川町
- 父親は加賀四郎
- 兄は加賀祥夫
- 明星学園高校中退
- 1960年芸能界入り
数々のドラマや映画、舞台に出演して活躍している加賀まりこさん。
今後の活躍にも期待ですね!



