青山学院大学陸上部・町田寮の寮母、原美穂さん。
現在、結婚して旦那や子供がいるのでしょうか?
実家や家族構成、学歴、経歴など、くわしく調べてみました!
原美穂の基本プロフィール
- 名前: 原美穂(はら みほ)
- 生年月日: 1967年9月17日
- 出身地: 広島県
原美穂は結婚している?
原美穂さんは、1995年に結婚しました。
原美穂の旦那は誰?
原美穂さんの夫は、箱根駅伝の青山学院大学監督、原晋さんです。
馴れ初めは、友達と間違えられて口説かれたことです。
出会いについて美穂さんは「私の友達の家にお邪魔している時に電話が鳴って。(原監督が)私の友達を仕留めようとしていて」と、友人宅の留守を預かっている時に原監督から電話がかかってきたことを回想。「この人は私のことを友達だと思っていて、どんどん話してきた。長い間そんな感じで。どうしようかなと思ってたけど、ずっとしゃべってきて」と人違いだと言い出せないまま会話を続けていたという。
1時間ほど話し続け「言うしかないと思って、『留守番してるんだけど』って言ったら、『じゃあ今度会わない?』って」と監督から誘いを受けたという。くりぃむしちゅー上田晋也が「誰でも良かったんですか!」とツッコむと、原監督は「友達の友達だから、悪い人じゃないだろうと」と照れ笑い。美穂さんも「私も『じゃあ会おうかな』と。話が面白かったので」とその場でデートが決まったという。
その後、3~4か月くらい付き合い、結婚しました!
そして、2004年に原晋さんが青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督に就任したことで、原美穂さん町田寮の初代寮母を務めることになりました!

原美穂の子供は何人?
原美穂には、子供はいません。
作らなかったのか、できなかったのかは不明ですが、今では大勢の生徒を子供のように思っているのかも知れませんね!
原美穂は食事を作らない?
原美穂さんは、寮では食事を作らず、ケータリングを配達してもらっています。
原美穂さんは元々陸上競技にはくわしくありませんでした。
しかし、原晋さんが監督に就任することになり、新たに作られた寮で寮母を務めることになりました。
当初は「寮にいてくれればいい」と言われる程度の立場でしたが、次第に選手たちの生活改善や健康管理に主体的に関わるようになります。
寮では食事の偏りや栄養不足を改善するため、朝晩の食事時間を設定し、盛り付けや配膳を選手と共に行うルールを導入。食事の場をコミュニケーションの場に変え、チームワーク向上にもつなげています。
また、試合前のエネルギー補給や寒暖差対策、靴下着用など身体の管理も徹底し、選手が快適に過ごせる環境づくりに努めています。
原美穂さんは選手たちにとって「お母さんでも友達でもないが、今一番近くにいる大人」として、適度な距離感を保ちながら頼られる存在だそうですよ!
原美穂の実家はどこ?
原美穂さんの実家は、広島県広島市にあります。
原美穂の家族構成は?
原美穂さんの家族構成は、お父さん、お母さんです。
兄弟がいるのかは不明です。
原美穂の学歴、経歴は?
原美穂さんは、大学を卒業後、証券会社に就職しました。
その後、社会人生活を送る中で、当時中国電力に勤務していた原晋さんと出会い、1995年に結婚しました。
結婚後は広島で生活していましたが、2004年に夫の晋さんが青山学院大学陸上競技部の監督に就任したことをきっかけに、東京へ引っ越します。
青学陸上部の「町田寮」で寮母を務めることになり、当初は「ただ寮にいればいい」という役割でしたが、選手たちと接するうちに、自然と会話や相談に乗るようになり、食事の工夫や生活習慣の改善にも積極的に取り組むようになります。
選手一人ひとりを見守りながら、生活面と精神面の両方からチームを支える存在へと成長していきました。
その献身的なサポートは、青学陸上部が強豪校へと成長する過程で大きな力となりました。
2009年に33年ぶりの箱根駅伝出場、そして2015年には初優勝を果たし、以降も常連校としての地位を確立しています。
こうしたチームの快進撃の陰には、原美穂さんのきめ細やかな支えがあったと、多くのメディアでも取り上げられています。
現在も青山学院大学陸上部の町田寮の寮母として、若い選手たちを支え続けています。
原美穂まとめ
- 原美穂は1995年に結婚
- 旦那は原晋
- 子供はいない
- 実家は広島県広島市
- 2004年から青学陸上部町田寮寮母
きめ細かい配慮で選手たちをサポートしている原美穂さん。
今後の活躍にも期待ですね!



