俳優、岸部一徳さん。
現在、結婚して嫁や子供がいるのでしょうか?
実家や家族構成、学歴、経歴など、くわしく調べてみました!
岸部一徳の基本プロフィール
- 名前:岸部一徳(きしべ いっとく)
- 生年月日:1947年1月9日
- 出身地:京都府
- 身長:181cm
- 血液型:A型
- 趣味:音楽鑑賞・演奏など
- 特技:ベース演奏・演技
- 所属事務所:アン・ヌフ
岸部一徳は結婚している?
岸部一徳さんは、時期は不明ですが、結婚しています。
岸部一徳の嫁は誰?
岸部一徳さんの妻は、一般人女性です。
馴れ初めやプロフィール、顔画像は非公開ですが、1960年代末〜1970年代初めの頃に音楽活動を通じて出会ったようです。
近年は、妻とは別居状態の中で、年下女性との交際が噂されたこともあるなど、私生活はやや複雑な様子も報じられています。
岸部一徳の子供は何人?
岸部一徳さんには、子供が3人います。
そのうちの1人は、ミュージシャン・俳優の岸部大輔さんです。
2004年10月に「パウンチホイール」のベーシストとしてデビューし、2008年11月の映画「GSワンダーランド」では親子共演を果たしています。
また、2012年6月7日の「カエルの王女さま」第9話では、岸部一徳さんが演じた役の青年時代を演じました。
残りの2人は一般人で、詳細は公表されていません。
岸部一徳の実家はどこ?
岸部一徳の実家は、京都府にあります。
岸部一徳の家族構成は?
岸部一徳さんの家族構成は、お父さん、お母さん、そしてお兄さん2人、弟6人の11人家族です。
両親は離婚しており、父子家庭で育ちました。
父親は元憲兵隊に所属していました。
父親は遊び人だったことで、借金や転居が多かった時期もあり、岸部一徳さんは小学時代に父の姉がいる熊本へ引っ越したり、また京都へ戻ったりと、生活が一定しない時期もありました。
岸部一徳さんは 9人兄弟の三男で、弟にはタレント・俳優の岸部シローさんがいます。
岸部シローさんは2020年に亡くなっています。
岸部一徳の学歴、経歴は?
岸部一徳さんは、京都府で生まれ育ち、小学1年生の途中で伯母のいる熊本県へ引っ越すものの、1年後には再び京都に戻るなど、転校を繰り返す日々を過ごしました。
中学校は京都市立北野中学校に進学。
ここで後に「ザ・タイガース」のメンバーとなる瞳みのるさんと同級生となり、牛乳配達のアルバイトを一緒にするなど親交を深めました。
高校は京都市立伏見工業高校建築科に進学。
高校時代も学業と並行して音楽活動に興味を持ち、再会した瞳みのるさんや森本太郎さん、加橋かつみさんらとともにバンド活動を開始しました。
1965年には「サリーとプレイボーイズ」というバンドを結成し、ベースを担当しました。
このバンドが後に「ザ・タイガース」の母体となります。
1966年、バンド名を「ファニーズ」に改称、さらにボーカルに沢田研二さんを加えて「ザ・タイガース」として活動を開始。
1967年2月5日にシングル「僕のマリー/こっちを向いて」でデビューし、グループは瞬く間に人気を集めました。
岸部一徳さんはリーダーとして、またベーシストとしてグループを支え、時にはバリトンヴォイスで楽曲に厚みを加えました。
1971年1月24日、日本武道館での公演を最後に「ザ・タイガース」は解散します。
解散後、沢田研二さんや萩原健一さんらと共に「PYG」を結成し、1971年4月にシングル「花・太陽・雨/やすらぎを求めて」でレコードデビュー。
その後、井上堯之バンドにも参加しましたが、1970年代半ばには自身の音楽活動を縮小し、俳優への転身を決意します。
1975年、ドラマ「悪魔のようなあいつ」に出演したのをきっかけに本格的に俳優として活動を開始。
芸名も「岸部おさみ」から「岸部一徳」と改名し、新たな一歩を踏み出しました。
俳優としての大きな転機は1990年公開の映画「死の棘」での演技で、第14回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞!
カンヌ国際映画祭でも高く評価され、主演俳優としての地位を確立しました。
その後も、数多くの作品に出演し、バイプレーヤーとして幅広い役柄をこなしています。
俳優としてのキャリアと並行して、1980年代以降もタイガース再結成や沢田研二さんとの共演など音楽活動も行い、音楽家としての側面も継続しています。
岸部一徳まとめ
- 岸部一徳は既婚
- 嫁は一般人女性
- 子供が3人いる
- 息子は岸部大輔
- 実家は京都府
- 弟は岸部シロー
- 京都市立伏見工業高校卒業
- 1967年2月5日「ザ・タイガース」デビュー
- 1975年俳優デビュー
俳優、ミュージシャンとして活躍している岸部一徳さん。
今後の活躍にも期待ですね!



