プロ野球選手、今江敏晃さん。
現在、結婚して嫁や子供がいるのでしょうか?
実家や家族構成、学歴、経歴など、くわしく調べてみました!
今江敏晃の基本プロフィール
- 名前: 今江敏晃(いまえ としあき)
- 生年月日: 1983年8月26日
- 出身地: 京都府
- 身長: 180cm
- 血液型: B型
- 趣味: ゴルフ、釣り
- 所属事務所: 不明
今江敏晃は結婚している?
今江敏晃さんは、2004年に結婚しました。
今江敏晃の嫁は誰?
今江敏晃さんの妻は、一般人女性の幸子さんです。
馴れ初めは、共通の知人を通じて知り合いました。
その後、ゆっくり自然に距離を縮めていき、付き合い始めます。
幸子さんは食事面や生活面で今江敏晃さんを支え、それが現役時代のパフォーマンス向上にも繋がりました。
今江敏晃の子供は何人?
今江敏晃さんには、子供が1人います。
2005年10月14日に息子・陸斗さんが生まれました。
今江陸斗さんは、「PRODUCE 101 JAPAN 新世界」の練習生として活動しています。
今江敏晃の実家はどこ?
今江敏晃さんの実家は、京都府向日市にあります。
今江敏晃の家族構成は?
今江敏晃さんの家族構成は、お父さん、お母さんです。
兄弟がいるのかは不明です。
父親は、幼い頃から野球に打ち込む今江敏晃さんを経済面・生活面で支えていました。
母親は寿美子さんといい、今江敏晃さんの野球人生の精神的な支柱となっていました。
しかし、2009年2月、癌のため50歳という若さで亡くなりました。
母親を亡くした後も、今江敏晃さんは「母に恥じないプレーをしたい」という思いを胸にグラウンドに立ち続けていたそうです。
今江敏晃の学歴、経歴は?
今江敏晃さんは、幼い頃から野球に親しみ、小学生時代は地元の少年野球チーム「向陽オックス」に所属して本格的に野球を始めました。
中学校時代には全国レベルの選手へと成長し、中学3年生のときには、日本一を決める大会である「ジャイアンツカップ」で全国優勝を達成。
さらにボーイズリーグの世界選抜メンバーにも選ばれ、世界大会でも優勝を経験しました。
その後、野球の名門として知られるPL学園高等学校へ進学。
PL学園では入学直後から実力を認められ、なんと1年生ながら4番打者を任されました。
当時から長打力と勝負強い打撃が評価されており、2000年の「第82回全国高等学校野球選手権大会」にも出場しています。
チームは3回戦で敗退したものの、全国舞台で中心選手として活躍しました。
高校通算本塁打は30本を記録し、強豪校の中でも主軸を担う存在として成長しました。
そして2001年のNPBドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから3巡目指名を受けてプロ入り。
プロ入り後は下積み時代を経て2005年にブレイクします。
三塁手のレギュラーに定着すると、132試合に出場し打率3割を達成。
さらに日本シリーズでは驚異的な打率.667を記録し、日本シリーズMVPを受賞しました。
この活躍によりベストナインとゴールデングラブ賞も受賞し、一躍リーグを代表する内野手となります。
2006年には日本代表として第1回ワールド・ベースボール・クラシックに出場し、日本の世界一にも貢献。
その後も堅実な守備力と勝負強い打撃で活躍を続け、三塁手としてゴールデングラブ賞を4年連続受賞するなど黄金期のロッテを支える主力選手となりました。
2010年には再び日本シリーズで打率.444を記録し、史上6人目となる2度目の日本シリーズMVPを獲得。
2015年オフには海外FA権を行使し、2016年から東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍。
楽天では主に一塁手としてチームを支え、通算1500安打を達成するなどベテランとして存在感を発揮しました。
しかし2019年、中心性漿液性脈絡網膜症の影響もあり現役引退を決断。
同年10月に引退を表明し、18年間のプロ野球人生に幕を下ろしました。
引退後は東北楽天ゴールデンイーグルスのコーチに就任し指導者へ転身。
二軍打撃コーチや一軍打撃コーチなどを歴任した後、2024年には楽天の一軍監督に就任しました。
2024年シーズンにはチームを球団史上初の交流戦優勝へ導き、監督としても実績を残しています。
その後は契約満了により退団し、2025年からは野球解説者や海外球団の打撃インストラクターとして活動の場を広げています。
今江敏晃まとめ
- 今江敏晃は2004年に結婚
- 嫁は一般人女性
- 子供が1人いる
- 息子は今江陸斗
- 実家は京都府向日市
- PL学園高等学校卒業
- 2001年千葉ロッテマリーンズ入団
- 2019年10月に引退
数々の試合に出場し活躍してきた今江敏晃さん。
今後の活躍にも期待ですね!



